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るくせんぶるく ルクセンブルク
~ルクス人の連帯の精神~

 ルクスは神奈川県ほどの国土しかなく、人口も約56万人の小国だ。しかしながら、一人当たりGDPが世界一。なぜ、ここまで経済が飛躍的に発展してきたのか。勿論、近隣諸国からの労働力のお陰もあるが、根底にあるのは、小国故、政官民が危機感を共有し、一体となり国家戦略を推進してきたルクス人の「連帯の精神」だ。その起源は、1970年代から1980年代に起きた鉄鋼危機の時代に遡る。
 ルクスは、昔、他の欧州の国と同じように農業国だったが、相対的に遅れをとっていた。しかし、1840年に南部で鉄鉱石が発見されたことを契機に鉄鋼業が発達し、当時、世界最大の鉄鋼会社だったARBED(Aciéries réunies Bourbach Eich Dudelange〈現在のArcelorMittal〉)がルクス経済を先導し、農業国から高度な工業国に変身した。ところが、1970年代の石油危機に伴う鉄鋼業の不況により、産業構造の抜本的改革を行なわざるを得なくなった。フランスやドイツなどの近隣大国にとっては、フランスのロレーヌ地方やドイツのザール地方などの限定的な国の一部の地域の危機であったが、鉄鋼業しかない小国ルクスにとって、この不況を克服できないことは国としての没落を意味した。この時登場したのが、「ルクセンブルクモデル」、フランス語では「Tripartite(トリパルティット)」という経済や社会問題を政府、企業、組合の三者の協議で解決する組織である。この三者は鉄鋼業の将来を真剣に考え、お互いに歩み寄った。企業(特にARBED)の合理化、新規投資による再建、解雇を極力控え、早期退職制度などで労働者を守り、政府は雇用を維持するための企業努力を支えるルールを作り、組合は雇用条件の改善に努めた。加えて「L’impôt de solidarité」、フランス語で連帯税という名の税制を導入した。これは、いわゆる国民による国家への経済支援である。当初は2.5%だったがその後の経済状況に合わせ、5%、10%と増税された。この税制は創設以降、事あるごとに存続の是非が議論されているが、今でも脈々と続いている。
 その後、ルクスでは金融産業の発展によって、経済における鉄鋼業の占める相対的地位は後退した。しかし、これらの三者協議会の各種方策により、当時の鉄鋼業の収益性や生産性が劇的に改善したのは明らかだ。今ではこの三者協議会が前面に出てくる機会は減ったが、この政官民の連帯の精神は様々な場面で息づいている。
 この連帯の精神を最も意識し、今でも事あるごとに声高に主張しているのは、国家元首である大公だ。ルクスは現在世界唯一の大公国。大公とは、王の下、公の上に位置する称号。大公国とはこの大公が国家元首となっている国のことをいう。政治的には立憲君主制のもとでの議会制民主主義を採用。1919年に実施の国民投票で支持されて以来、今日まで揺るぎなく大公制が続いている。しかもなんと、当時のシャルロット女大公への支持率は、異例の80%以上だったという。かつて、他のヨーロッパ諸国で一国の君主がこれほどまで信任された例は見たことがない。
 大公は毎年クリスマスイブに、国民に向け必ずメッセージを送る。2000年から在位しているアンリ大公のメッセージも、国民との「連帯」に関わることが多い。欧州の経済危機が始まった2012年には、この「連帯」と「責任」を意識させる非常に印象に残るスピーチを行なった。「すべての個人や団体が責任をまっとうしていれば、そもそも危機は回避できた」と前置きし、「責任を持って行動するとは、自分や他人に対して誠実であるだけでなく、国民全体の将来を真剣に考えることだ」と主張。その上で、ルクス人が伝統的に重んじてきた「連帯」の精神を発揮し勇気と自信をもって危機に立ち向えば、「未来のルクスは今日我々が知っているルクスとは違うものになるだろう」と国民を鼓舞した。
 2015年のクリスマス・イブは趣向を変え、RTLの記者とのインタビュー形式で国民へメッセージを送った。フランスを襲ったテロに対しては、私達の価値、生活、民主主義が攻撃され、それらを守らなければならない状況になっていると現状を認識する一方、テロに対してはヨーロッパ諸国が連帯の精神で立ち向かっていることが効果的と分析。特に、フランス、ドイツ、イギリスが団結していることが嬉しいとコメント。また、2015年6月7日に実施された国民投票で、外国人に国政の選挙権を与えるという改革案が問われたが、残念ながら反対多数で否決されたことにも触れた。そして、5割近くを外国人が占めるこの国では、ルクス人と外国人との融合を図る対策が必要とし、「連帯」の精神が重要であると一言付け加えた。
 首都ルクス市内の多くの商店には、大公や大公妃の写真が飾られている。5年前の冬に大公が体調を崩して入院された時には、報道や同僚のルクス人の様子から国全体が不安に包まれていることが良く分かった。毎年、世界約60ヵ国のスタンドが集まって開催される「インターナショナルバザー」をはじめ、国内の多数のイベントに頻繁に参加される大公夫妻は、民間人との交流にも積極的である。大公家と国民との距離が非常に近い。このように、ルクスは政官民の導線が短いことを活かし、大公をリーダーに「小国」という短所を、「連帯感がある」という長所に変えてしまったとてもしたたかな国なのである。

松山宏昭