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「人」コラム ‐ ルクセンブルクの横顔 (22) ケヴィン・ザレスキさん (Mr. Kevin Zaleski) ― 後編 

「人」コラム ‐ ルクセンブルクの横顔 
第21回:ケヴィン・ザレスキさん (Mr. Kevin Zaleski) ― 後編

ある国を語る時、歴史や文化、生活風習に加え、その国の人々は欠かせないファクターでしょう。人との交流は、国の印象にも大きく左右しますし、人を知ることで、その国への理解も一層深まります。このコラムは日本とルクセンブルク、双方につながりの深い方々を順次ご紹介していきます。
前回に引き続き、国費留学生として上智大学大学院でドキュメンタリー映画について研究しているケヴィン・ザレスキさんのお話を伺っていきます。

事務局(以下、Q):今、ケヴィンさんが準備している博士論文について、差支えない範囲で構いませんので、教えてください。ドキュメンタリー映画についての論文で東日本大震災とフクシマにフォーカスされた理由は何ですか?
ケヴィン(以下、K):ドキュメンタリー映画は、社会や人について何かを見せるだけではなく、その存在やテーマ、メッセージが社会に反映される表現手段です。3.11、そしてフクシマを題材に選んだのは、やはり、インパクトの強い、そして今尚、様々な困難を人々にもたらしている事柄であり、様々なアングルでの立証ができるのでは、と考えたからです。原発事故の後、リスクに対して不安を持つ人たちが情報源として役立てることもできますし、作品を見ることで私たちの心の中に当事者としてのエンパシー(共感)が生じることもある。例えば、ある映画の中で、津波で汚れた写真を拾う人のシーン。それを見た私たち観客がどのような精神状態になるのだろうか、ということを考察しています。
Q:メッセージ性も強い題材ですよね。
K :その通りです。極めて普遍的な、人類の営みや日々の生活、幸福を考える上で重要なメッセージが内含されていると思います。僕は、ドキュメンタリーという、ある意味で非常にジャーナリスティックな表現手法に惹かれます。修士論文のテーマもドキュメンタリー映画でした。
Q:ジャーナリズムに興味があるのですか?それともジャーナリスティックな視点に興味がある?
K:そうですね、どちらなのだろう?両方かな。僕は情報の多様性から価値が生まれると信じています。2011年以降、日本ではジャーナリズムの自由性が損なわれてきているのでは、と心配しています。Press Freedom Index (世界報道自由度ランキング)の順位も下がっていますし。
Q:国連人権理事会のデビッド・ケイ特別報告者も、報道の独自性にたいする脅威を警告(2017年4月)されましたね。
K:そうです。あと、もうひとつ心配があります。日本の人たちは、海外の人から「グレート・ジャパン」と褒められたいと思っているのではないでしょうか?僕にとって、この傾向は日本の不思議な点で、調べたところでは第2次世界大戦前にも同じような考えがあったようです。人からの目(評価)を異常に気にする、日本人同士でむりやり誉め言葉を引き出そうとする。精神的脆弱さや、何らかのコンプレックスを感じて、現在の日本人の置かれている状況がとても心配になってしまうのです。僕の深読みしすぎで、単なる杞憂にすぎないかもしれませんけれど。
Q:たしかにバブル崩壊以後、自信喪失してしまった感は否めないですね。まあ、日本人はもともと、人の目を気にする人種でもありますしね。「世間様」という目がある。ルクセンブルクの人達は、あまり外からの目を気にしないのですか?
K:ルクセンブルクは金融のおかげで国際的にも豊かな国になりましたけれど、それは最近の話で、もともとはベーシック(素朴)な生活を送っていた人たちが多いのです。一般的にルクセンブルク人のメンタリティは親しみやすく、温かい。素直ですし、「本音と建て前」はあまりないですね。これは他の国、例えばドイツ人と比べてもそうだと思います。率直な物言いをするのが、特徴かな。関西の「ツッコミ」に似ているかもしれませんね。先ほどもお話しましたけれど、普通に話しているのに日本人には口喧嘩しているように聞こえてしまうとか(笑)。
Q:日本人に比べて、よく喋る?
K:会話は大切です。でも、日本人もプライベートではよく喋るでしょう?公の席では発言しないことが多いですけれど。
Q:ああ、それは、よく指摘されますよね。何人も会議に出席しているのに、大多数がほとんど一言も話さない。
K:ええ。もちろん、例外もありますけれど、往々にして日本の企業は会議では情報を受け取るだけで、後から、例えば、食事の席などで、フィードバックが出る傾向がありますよね。他社との会議においても、その場で決定せず、かならずいったん持ち帰る。実は、ベルギー商工会議所の依頼で日本企業とベルギー企業の会議の場の通訳をすることがあるのですが、訳に加えてニュアンスを伝えるように心がけています。必ず会議の前と後に時間をもらって、訪日したメンバーの方々に日本企業のバックグランドや日本の商習慣の暗黙のルールの説明をするようにしています。
Q:それは、双方の企業にとって大変ありがたいですね。まさしく、「文化」の通訳ですね。
K:そう言っていただけると嬉しいです。やはり、せっかくの機会なのですから、首尾よくビジネスが行われるようになってほしいです。
Q:そうですね。
K:僕の家族は日本に遊びにくる度に、日本の人たちがとても親切で、サービスの質や時間の管理がとてもしっかりしていることに感激します。僕自身、ヨーロッパに帰るとサービスの悪さにがっかりすることが多々あります。そうした素晴らしい面がある反面、日本の社会にはヒエラルキーや束縛があることは否めないと思います。
Q:同感です。
K:話はちょっと飛びますけれど、今、日本ではグローバリゼーションが大流行でしょう。英語偏重というか。でも、日本の人たちは、外からこうみられたい、と思うのではなく、日本の哲学を学ぶことが大切なのではないでしょうか。日本人が日本のことを誰よりも上手く語れるようになることが真のグローバリゼーションなのではないでしょうか。
Q:おっしゃる通りだと思います。ケヴィンさんは、将来は国際関係のお仕事に就かれるのですか?
K:僕は、初めから枠を設定しない主義で、良い機会だな、と思ったら、まずやってみます。ルクセンブルクのテレビ局でアルバイトしたこともありますし、日本に来てから、ある広告代理店でドイツの自動車メーカーの大規模なインターネット広告プロモーションを手伝ったこともあります。視野は広く持ちたいので、仕事についても柔軟に考えたいなと思っています。日本で働くことも選択肢のひとつですが、日本に限定しているわけではありません。やりたいこともいくつかありますし。
Q:例えば?
K:大学で教鞭をとることや、大使館での勤務、それからビジネスや政治にも興味があります。
Q:ケヴィンさんが将来、どの道を進まれるのか、とても楽しみです。今は博士論文に集中されている時期でしょうから、仕事のことを考えるのはもう少し先かもしれませんね。今日はありがとうございました。
K:こちらこそ、ありがとうございました。

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ケヴィンさんとの会話は、思想や哲学や時事事象、スーパーでの日常的な会話から得た考察などなど、多岐に富んだ極めて刺激にあふれたものでした。中村元(哲学者・仏教学者)が好き、というケヴィンさんの守備範囲は極めて広範なので、将来の職業の選択肢に枠をはめない、という意味が良く理解できました。どの仕事に就いても「文化的な背景」を踏まえた橋渡しが彼のキャリアの真骨頂になるのではないでしょうか。 (文責:事務局)

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