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「人」コラム(18) ‐ ルクセンブルクの横顔 萩原克彦さん (後編)

「人」コラム ‐ ルクセンブルクの横顔 
第18回: 萩原克彦さん (Mr. Katsuhiko Hagihara) ― 後編

ある国を語る時、歴史や文化、生活風習に加え、その国の人々は欠かせないファクターでしょう。人との交流は、国の印象にも大きく左右しますし、人を知ることで、その国への理解も一層深まります。このコラムは日本とルクセンブルク、双方につながりの深い方々を順次ご紹介していきます。
今回もルクセンブルクのワイン輸入販売会社、La Cave des Sommeliers(ラ・カーヴ・デ・ソムリエ)の日本の輸入総代理店、La Cave des Sommeliers Japan(ラ・カーヴ・デ・ソムリエ・ジャパン)を立ち上げる萩原克彦さんのお話を伺っていきます。

事務局(以下、Q):さて、超ハードワークをこなして、La Cave des Sommeliers(ラ・カーヴ・デ・ソムリエ)で非常に中身の濃い1年を経験された萩原さんですが、その後はすぐ日本に戻られたのですか?
萩原(以下、K):いいえ、もっとワインについて掘り下げたいと考え、フランスに渡りました。南仏のSuze La Rousse(スーズ・ラ・ルース)にあるUniversité du Vin(ユニヴェルシテ・デュ・ヴァン)で6か月間、醸造、ティスティング、ソムリエ、マーケティングを学びました。フランスを代表するワイン産地であるGigondas (ジゴンダス)やVacqueyras (ヴァキラス)からすぐのところに位置する学校で、教鞭をとるのは、ワイン生産者、ソムリエ、ワインショップ経営者、コンサルタントなどその道のプロの方々でした。経験に基づいた講義はどれも興味深く、学ぶことが大きかったです。インターンシップが必須で、僕は、ブルゴーニュとシャンパーニュのワイナリーに各2週間住み込み、研修しました。生産者のフィロソフィー(哲学)を聞くことほど刺激的なことはありません!
Q:この学校を選ばれた理由は何だったのですか? フランスには、他にもワインのプロのための学校や醸造学に特色のある大学などが色々あると思うのですが。
K :専門家の勧めに従いました(笑)。ベルギー最優秀ソムリエでLa Cave des Sommeliersのバイヤーを務めるAristide Spies(アリスティド・スピーズ)やPascal Carré(パスカル・カレ)社長、その他の専門家の方々に、これからもっとワインを学ぶなら、どこがいいかを聞いて回りました。彼らが異口同音にこの学校を推薦したということが大きかったですね。
Q:なるほど。
K:それから、Carré社長の「時間」に対する考え方にも影響を受けました。学ぶために2年を費やすとしたら、その2年は他のことができなくなる、つまり、時間が無駄になる。だから、最短の期間で最高の結果につながる所を選ぶべきだと。本当にその通りだと納得しました。時間には限りがありますから。
Q:ルクセンブルクでの勤務経験は萩原さんに有形無形の影響を与えているのですね。
K:その通りです。もし、フランスで同様なワインの仕事をしていたら、すでにブランドが確立された同国のワインを主に扱うようになり、複数国の多様なワインを取扱うことができなかったことでしょう。ルクセンブルクの消費者は、食前酒や前菜などとは、やはり自国のきりっとした発泡性ワインや白ワインを飲むことが多いのでしょうが、こちら側から提案をするとフランス、イタリア、スペインなどのワインにも興味をもってくれる方々が多いです。ですから、ルクセンブルクには様々な国・地域のワインが流通しています。 この点は日本とも似ていて、ルクセンブルクにあるワイン輸出入販売会社から学べる点が少なくありません。
Q:ルクセンブルクのワインは、残念ながらまだ日本の消費者には馴染みが薄いと思うのですが、今後はどのようにプロモーションされていくおつもりですか?
K:そうですね・・・マーケティングの観点からポジショニングすると、「私(すなわち、当社)が推奨するワインは、まだほとんど知られていない隠れたヨーロッパワインです。お客さまのライフスタイルにぴったりと合うと思います。私達は、このワインをプチ贅沢ワインと呼ばせてもらっています」、でしょうか。この常套句をもって、ルクセンブルク産ワインをはじめ、自社取扱商品のコンセプトを表現し、他社商品との差別化を図っていくつもりです。ルクセンブルクの国自体、日本の方はよくご存じないでしょうし、ルクセンブルク産ワインをまだ試していらっしゃらない方もかなりいらっしゃると思います。
Q:そうですよね!ルクセンブルクのワインは、日本で見つけることが難しいですよ、まだ。超レア(笑)。もっといっぱい流通してほしい。
K:今年の初めに開催された第四回サクラアワードに、ルクセンブルク・ワインを2銘柄、初めて出品しました。レミックのドメーヌ・ヴィテクル・マティス・バスティアン社の白ワイン、RIESLING REMICH PRIMERBERG GRAND PREMIER CRUとAUXERROIS REMICH GOLDBERG。品種でいうとリースリングとオーセロワです。幸い、日本のワイン業界で活躍されている400名の女性がブラインドテストで選ぶこのコンテストで2点ともゴールドアワードを受賞しました。日本の女性に受け入れられたということがとても嬉しかったです。需要に合致している、と踏んでいます。
Q:オーセロワは、私が大好きな品種です。ルクセンブルクとアルザスだけで産出されるためか、日本ではなかなか入手できない・・・。
K:はい、頑張ります!(笑)。僕の他にもルクセンブルク・ワインに惚れ込んで扱いを始められた方もいらっしゃいますので、協力してルクセンブルク・ワインの良さを伝えていきたいと思います。そして、産地名でのご提案のほかにも、ブドウの品種からワインをご提案させていただきたいな、と思っています。僭越ですけれど、日本のワイン界を変えていきたい。ボルドーのワインが日本に輸入され始めたのが1988年ころ。ちょうど僕と同じ年ですけれど、日本は、いまだにボルドー、ブルゴーニュ、シャンパーニュ(といった産地名の選択の呪縛)から抜け出していないように思います。その一方で、ワインを楽しむ文化が広がり、町中のビストロでは500円くらいでグラスワインが手軽に楽しめるようになっている。ワインに興味を持っている日本人は多く、輸入ワイン市場の成長ポテンシャルに魅力を感じています。今後もワインの販売業者の努力によって、ワイン市場の成長拡大を力強く推し進めることが出来ると考えています。例えば、人気の高いブルゴーニュ産のピノ・ノワールなどは、飲食店で手軽な価格帯で提供することが難しくなってしまった。けれども、ピノ・ノワールにキャラクターの似たきれいでエレガントなワインを手軽な価格帯で提案することは出来る。そういった選択の幅を広げること、ちゃんとした商品を適正価格でお届けすること、に力を注ぎたいです。日本では、ロゼは甘口と思われがちですけれど、甘くないロゼもあります。高価格、高評価、有名ワインが常に“良い”ワインだとは思いません。自らの懐具合に合わせて、嗜好に合わせて、TPOに合わせて選ぶ。この楽しみはワインの醍醐味のひとつだと思いますし、より上級者の選び方だと思います。ワインのコモディティー化が進むに伴い、日本の輸入ワイン愛好家の需要も変化してゆくものと考えています。選択肢が広がることで、オケージョンや気分にマッチする、ちょっと贅沢な「ハレの日のワイン」が楽しめる。将来、そういう社会にしたいと。目下の目標は創業ですけれど、スタートすることがゴールではありません。ひとつひとつのことを着実にクリアしていきたいと思います。
Q:これからのご活躍、本当に楽しみです。さきほど、ルクセンブルクは近隣国のワインにオープンだと伺いましたけれど、その他にルクセンブルクの特徴を教えていただけますか?
K:そうですね、知的な国だと思います。小さな国だからこそ、賢く国家を運営するすべを身に着けてきたのではないでしょうか。詳しいことは知りませんが、独自の税制度で人々を引き寄せていることは確かだと思います。実際、ベルギーとルクセンブルクでは酒税が異なるため、わざわざルクセンブルクの店舗まで来店される常連のベルギー人顧客もいらっしゃいました。それから、僕の中では高貴なイメージ、かな。日常会話でスペイン人がTuで話しかけ、フランス人がVousで話しかけるとしたら、ルクセンブルク人は、もっと礼儀正しいというか他者へのリスペクトがとても強い、と思います。最初からTuでは話しかけない、人との距離の取り方は日本人と似ているかもしれませんね。ちょっと脱線するというか、下世話な話になるかもしれませんけれど、ルクセンブルクには、高級車が多いですよ。すごいクルマが普通に走っている。
Q:ああ、国の経済力は町中を走っているクルマを見るとある程度わかりますよね。実は、私はかつてクルマ業界におりましたので、そのあたりは肌で感じました。もっと色々とお聞きしたいのですが、そろそろ時間が迫ってきました、最後に萩原さんからLIEFをご覧いただいている方や、これからルクセンブルクに行かれる方にメッセージをお願いします。
K:僕の経験からお話すると、実は、ルクセンブルク行きがきまってからは、いったこともないルクセンブルクという未知の世界でやっていけるのか不安で、よく悪夢をみました。ですが、現地に到着して生活してみると、すぐに好印象を抱きました。外国人が約半数という国ですから人種差別のようなものも全くなく、親切、丁寧な対応をされることが多かったです。できることなら、またルクセンブルクで生活したい、と思うほどです。これからルクセンブルクに行かれる方は、どうぞ安心してルクセンブルクの生活を満喫していただきたいですね。小さな国ですし、日本人のコミュニティもしっかりありますから、何かあったら助けてくれます。手頃で美味しいワインは、SteinfortにあるLa Cave des Sommeliersにお任せください(笑)週末にはドイツやベルギーに気軽に足を延ばして、日々をエンジョイしていただきたいな、と思います。
Q:ルクセンブルクは世界一安全な都市とも言われていますよね。多くの方々がルクセンブルクで充実のクオリティ・オブ・ライフを堪能してほしいと思います。今日は、ありがとうございました。
K:こちらこそ、お声がけいただいてありがとうございました。

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萩原さんとお話していると、「頭はクール、心はホット」というフレーズが浮かんできました。これからのワイン・ビジネスに対する戦略、そしてワインへの情熱。その礎にルクセンブルクでの経験がしっかりと組み込まれていることが非常に嬉しかったです。LIEFにワインにまつわるあれこれを書いて欲しいと厚かましいお願いをしたところ、ご快諾いただきました。皆様、どうぞお楽しみに!(文責:事務局)