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「人」コラム – ルクセンブルクの横顔(16)及川太平さん―後編

「人」コラム ‐ ルクセンブルクの横顔 
第16回: 及川太平さん (Mr. Taihei Oikawa) ― 後編

ある国を語る時、歴史や文化、生活風習に加え、その国の人々は欠かせないファクターでしょう。人との交流は、国の印象にも大きく左右しますし、人を知ることで、その国への理解も一層深まります。このコラムは日本とルクセンブルク、双方につながりの深い方々を順次ご紹介していきます。
前回に引き続き、日本を代表するパテシィエであり、LIEFの発起人のおひとりでもある及川太平さんのお話を伺います。ルクセンブルク大公国御用達の名門店オーバーワイス(Oberweis)を皮切りに、様々な名店で「武者修行」をした及川さん。今回は、及川さんが当時、ヨーロッパでご苦労した事やコンクールの思い出などを中心にお話を伺います。

事務局(以下、Q):さて、3年間に渡るヨーロッパでの生活を終えて帰国された及川さん。シャルル・プルーストコンクール(Concours Charles Proust)、アルパジョン・コンクール(Concours Gastronomiques d’Arpajon)、マンダリン・ナポレオン・コンクール(Grand Prix Internationale Mandarin Naporéon)、クープ・ド・モンド(Coupe du Monde de la Pâtisserie)など数々の世界的コンクールでの、その後の及川さんのご活躍は有名ですが、コンクールのことは後ほど教えていただくとして、もう少し修業時代のことをお話ください。
及川(以下、T):はい。何なりと(笑)。
Q:ヨーロッパの名店でメキメキ才能を表して、周りに認められて、順風満帆な修業生活の中で、困った事、辛かったことはありませんか?
T:そうですね・・・。ルクセンブルクに到着して何週間かしてから、工場の側のアパートに移ったのですが、シャワーが時々、水になっちゃうのですよ。あれには参った。洗濯機もない生活でした。
Q:かなり質素に・・・。
T:そうです。持参したお金をなるべく減らさないように節約しました。
Q:なるほど。
T:アパートにはキッチンがないから、自炊しようとすると工夫するしかない。お湯を沸かすための鉄の棒があるのですけれど、わかります?加熱して、水の中に入れるとお湯になる、という代物。それを使って、餅や米を料理して食いつなぐ。朝は、職場でコーヒーとパンがでますから、それを食べて、昼は処分予定の前日に売れ残ったパン。パン自体は素材も良いし、美味しかったけれどもバランス的には貧しい食生活でしたね。
Q:あ、わかります。キッチンがない生活、短期間ですが私も経験しました。私の場合は、棒ではなくて、電気ポットでレトルトのご飯を温めました(笑)。
T:一番しんどかったのは野菜不足。日本のシャキッとした生野菜が恋しかったです。休日に、どうしてもサラダが食べたくてカフェでオーダーしたのですよ。僕としては大奮発して。出てきたサラダが、本当にショボくて・・・。
Q:ああ、目に浮かぶ。サラダを前にがっかりしている及川青年(笑)。言葉のほうは?数字と材料の名前とボンジュールくらいだったフランス語は話せるようになりましたか?
T:ブロークンですけれどね、なんとかオーケーでした。フランス語で電話したりできるまでにはなりました。赤ん坊のように聞いて覚える。反対に日本語を忘れてしまった。
Q:それだけ現地での生活にしっかりと溶け込んでいたのですね。
T:ルクセンブルクは第二の故郷ですね。さっきも言いましたけれど、ヨーロッパでの生活は、のびのびできて、僕の気質に合っていました。友達との輪も広がりました。現地のパテシィエ達は15、16歳から職に就くでしょう。彼ら、まだ子供ですけれど、自己主張がしっかりしている。その一方で良いものを素直に受け入れる。良い仕事を見せれば尊敬され、こちらの主張を納得して聴くようになる。それから、自分はパティシエの仕事を一生続けていくのだ、という意識が非常に高い。ここが日本の若者達と決定的に違う点かもしれない。
Q:たしかに10代半ばでプロとしての職業意識を持つ若者は、日本ではごく少数でしょうね。ほとんどいない、とも言っても良いかも。まだ、将来、何を生業にしようかも思いつかない。なんとなく学校に通っている毎日で。私自身もそうでしたし、私の息子も。
T:自己主張もしないし。意見も言わない。
Q:確かに。話は変わりますが、コンクールで何か思い出に残っていることありますか?
T:色々ありますよ。ピットさんから叱られたこととか。
Q:叱られた?
T:はい。マンダリン・ナポレオン・コンクールで。
Q:オレンジリキュールの最高峰、「マンダリン・ナポレオン」を使った有名な大会ですね。
T: そうです。1992年に全国大会で優勝して、同年、ベルギーの世界大会に出場しました。ピットさんは審査委員でした。コンクールが終わって、僕の結果は世界4位だったのですけど、ピットさんから「タイヘイ、一体どうしたのだ?」と。アントルメのリキュールの味がキツイ、それがなければ優勝できたのに、と言われました。「しまった!」と思いましたね。実は大会に出発する前に、ある洋酒メーカーの社長さんから、最高傑作の“マンダリン・エクストラ”ができたので今回はぜひこれで挑戦して来て欲しいと渡されていました。それを配合の調整をしないで入れてしまったためにインパクトが強く出すぎたようです。あまり深く考えずに、大会では最高級品を使おうと(苦笑)。師匠に心配されてしまった。
Q:ピットさんのお人柄が伺えますね。
T:はい、本当に心の大きい、温かい方です。それから、もう御一方、ジャックのオーナー、ジェラール・バンヴァルトさんにクープ・ド・モンドで叱られました。僕、個人部門で優勝しましたが、僕が団長を務めた団体部門では、日本チームは優勝を逸しました。で、審査員を務められていたジェラールさんに呼ばれて、「日本チームはアントルメのビスキュイが焦げていた。それが優勝を逃した理由だ。団長として詰めが甘い」と。反省しましたね。
Q:良い所は褒め、反省すべき点は弟子にきちんと伝える。これは人を育てていく点で重要ですね。
T:人を育てることは一大事業だと思います。
Q:本当にそうですよね。「アン・プチ・パケ」のスタッフの皆さんや、その他多くの後進の指導をされている及川さんは特に強く感じる所があるのではないでしょうか。これは伝えたい、というアドバイスがありましたら、ぜひ教えてください。
T: そうですね・・・常に自分を持って、周りに左右されないこと、かな。食べ物も思考も。自分で食べて、自分でやってみて判断する。自分の軸を持ってほしい。
Q:付和雷同は要らない、と。自立するということですね。
T:あと、ものすごく基本的なことだけれど、挨拶をちゃんとしてほしい。ヨーロッパで目にする日本人の行動で僕が一番恥ずかしいのは挨拶をしないこと。店に入る時「ボンジュール」って言うことが何故できないのだろう。黙って、ふっと入ってきて、あれこれ触って、ふっと消える。とても感じが悪い。顰蹙ものですよ。買わなくてもね、挨拶は基本でしょう。人とぶつかっても「パルドン」も言わないし・・・。
Q:これも基本中の基本ですよね。
T:そうです、基本です。これができないと何をやってもダメでしょう。
Q:もっと色々伺いたいのですが、そろそろ時間になってきました。最後に及川さんがこれからやりたいことをお聞かせくださいますか。
T:きちっとした技術を持つパティシエと仕事がしたいです。最近は職人としての技術と意識が高いパティシエが少なくなってきていると思う。それから店のシステムを変えていきたい。横浜・青葉区のこの場所に店を構えてから早18年経つので、厨房などに手を入れてシステマチックにしたいですね。あとは・・・のんびりしたい(笑)。まあ、無理でしょうけれど。
Q:のんびりできるようになるのはまだ当分先になりそうですね(笑)。どうぞこれからも美味しいお菓子を作ってくださいね。今日は本当にありがとうございました。
T:こちらこそ、ありがとうございました。また遊びに来てくださいね。

***

シャイで寂しがり屋の反面、一徹で情熱的な気質が見え隠れする及川さんのお話は、本当に面白くて、時間の過ぎるのがあっという間でした。自分を磨くこと、自分の存在と技能を周囲に認めてもらうためのヒントが、お話の其処此処にありました。意見を言うことは勇気がいるかも知れませんが、ちょっとした勇気があれば、自ら道を拓いていくことが可能になると強く感じ入りました。 (文責:事務局)

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