gastronomy

るくせんぶるく ルクセンブルク
~おふくろの味~

“C’est seulement après avoir mangé dix-huit fois des pommes de terre que le paysan sait que dimanche est de retour. “「ルクスの農民はじゃがいもを18回食べるとまた日曜日が来ると認識する」

 こんなことわざがある。じゃがいもはルクス人にとってそれほどまで日常食となっているということだ。話はそれるが、ルクス人は普通知り合った当初はとっつきにくいが、打ち解けると意外なほどくだけてとてもおしゃべりだ。主婦のみならず旦那の井戸端会議さえ存在するほど男女ともに良くしゃべる。東京で近所の知人に会っても会釈するぐらいだが、かの地では何かと話題を持ちかけられ油断しているととりとめのない世間話が延々と続く。私が当時住んでいたアパートの隣人だった初老の純粋ルクス人 Biverさんとその夫人もそうだった。当時、私は単身赴任だった関係で、土曜日の朝になると一週間分たまった洗濯のためにアパートの一階にあるBuanderie(共同洗濯場)に通うのが習慣となっていた。そこでBiver夫人としばしば遭遇し、ルクスの食事情について教えていただいたことを覚えている。彼女によると、ルクスの食事はじゃがいもを付け合わせで出すことが多いとのことだった。ここでBiver夫人から教えていただいた代表的なじゃがいも料理を挙げてみよう。lard fumé(豚の背脂の塩漬けまたは燻製)と一緒に炒めたじゃがいものソテー。”les pommes de terre en robe des champs” 「畑の服をまとったじゃがいも」と直訳すると実際の料理が想像できないが、要は皮ごと茹でてそのまま供されるじゃがいものこと。これにはネギを混ぜたクリームソースが添えられる。すりおろしたじゃがいもの焼きガレットと言われるGromperekichelcherはアップルソースを付けて食べる。これはルクス中心部のグラシス広場で夏の終わりに開催されるSchueberfouer (シューバーハウアー)などの祭で売られる定番の食べ物だ。

 このように、じゃがいもが使われることが多いルクスの料理だが、本当の「ルクセンブルク料理」とは具体的にはどういうものだろうか。

 一般的には「ドイツ料理のような量の多さとフランス料理のような質の高さを兼ね備えた料理」と言われている。具体的には、シュークルートchoucroute(塩漬け後、乳酸発酵させたキャベツ)を添えた肉、ソーセージの煮込み、bouchée à la reine(パイ生地の中に鶏と茸の煮込みを詰めた料理)がルクス料理だと説明する人もいる。しかし、これらはドイツやフランスといった隣国の郷土料理でもあり、ルクスだけの伝統料理と呼べるものではない。つまり、ルクス料理は、ドイツ全般、またルクスに隣接するフランスのアルザス地方やベルギーのアルデンヌ地方の郷土料理の延長線上にある。ルクスの国土は、隣接国であるフランス、ドイツ、ベルギーのような大国の中の一つの地方ぐらいの大きさしかない。故にルクス人から見ればルクス料理と呼んでいるものも、これら大国の国民から見れば自国の一地方の料理と見做されてしまう。ルクス人には眉をひそめられてしまうかもしれないが、ドイツ料理、フランス料理、ベルギー料理の一部であると説明しても当たらずとも遠からずだ。
 この私の認識をBiver夫妻に話したところ、大体そのようなものだが幾つかの料理は典型的なルクスのものと考えても良いだろうと言われた。Bouneschlupp(ボーヌシュルップ)やJudd mat Gaardebounen(ユッツ・マッツ・ガールドボーヌン)といったものがお二人の言うルクス料理だ。前者はさやいんげん入りの温かいスープ、後者は豚の頸部肉の燻製にそら豆と蒸ふかしたじゃがいもを添えたものだ。今でこそ一人当たりGDP の世界一を争うほど裕福なルクスだが、1960年以前の鉄鋼業が栄える前は、大国に翻弄される貧しい農業国だった。双方ともそんな歴史を物語るように、ソースやトッピングや盛り方に凝った高級フレンチのようなものでなく、非常に質素で食材が本来持っている旨みをいかした田舎料理だ。これらはルクス人家庭では定番の料理だが、外食で味わってみたいとなるとルクス市内のどのレストランにもあるわけではなく、ルクス料理専門店に行くしかない。しかも季節限定のものもあり、例えばBouneschlupp は冬しか注文できない店が多い。
 このようにルクス料理は、フランス料理のように高級、あるいは洗練というイメージは全くない。なぜならば、鉄鋼業や金融産業が栄える前に長い間中心的な産業だった農業を支えてきた人々の毎日の食事がもとになっているからだ。「農民の食事を起源とし、食材の旨みを最大限に生かした質素だが質の高い温かみのあるおふくろの味」これが私のルクス料理評だ。