ルクセンブルクの白ワイン。長く住むと、どうもひいき目で見てしまうが、やはり美味しい!ルクスはヨーロッパの北に位置するので、酸味がしっかりしている。辛いと表現してもいいだろう。使っているブドウの果実味もほどよく感じられる。しかし、自己主張し過ぎない。なのでどんな料理にでも合う。
賛否両論あると思うが、ワインは口に含んだ瞬間の味の広がりや膨らみの大きさを重視したものと、その後に口の中で続く余韻の長さや変化を重視したものに大きく分けられる気がする。ルクス産は前者、フランス産を始め、ドイツ産やイタリア産などヨーロッパでも著名なワインの産地は後者に属するものが多いようだ。ルクス産は、そのラベルを見ると数年前の若いものが多い。ルクスワインも余韻が長いものも中にはあるが、一般的には飲んだ瞬間に感じる新鮮さ、キレの良さが魅力だ。一方、ヨーロッパの著名なワインの産地はブドウを収穫した年が良作だったなど、希少な価値となる特徴を持った醸造年入りのワインを長期に熟成し、飲んだ後の余韻や変化が長く続く、いわゆる、ビンテージワインが珍重される傾向にあるように思う。
ルクスワインはモーゼル川の西岸で生産されている。一般的には、モーゼルワインと言った方が日本人にとってなじみがあるだろう。モーゼル川流域は古代ローマ時代からワイン生産が盛んな地域で、良質な辛口の白ワインを産出することで知られている。一口にモーゼルワインと言っても、フランスのロレーヌ地方のワイン、ドイツのザール・ルーヴァ地方のワイン、そしてルクスのワインに大きく分けられる。一般的にモーゼルワインは、数あるワインの生産地の最も北限に位置する畑が多いことから、これら白ワインの共通点は酸味が強く辛口なことだ。しかしながら、現地のソムリエに聞くとそれぞれ味は微妙に異なり、フランスのそれは濃縮したとろみ、ドイツのそれは軽やかさと繊細さ、ルクスのそれはインパクトのある酸味と新鮮さが特徴だという。
ルクスのブドウ畑はモーゼル川南北43キロの範囲に広がっている。北部は石灰土壌でミネラルとしっかりした酸味のある白ワインが、南部では粘土質の土壌でふくよかで奥行きのある白ワインが産出される。白ワインで使われているブドウといえばリースリングやピノ・グリやピノ・ブランが有名。興味深いのは、オーセロワ(Auxerrois) という通常はピノ・ブランなどの味を引き立たせる補助品種として使われるブドウを100%使用した白ワインもある。ワインの格付けの方法は各国毎に異なるが、ルクスにも独自の格付け審査がある。ヨーロッパのワインは、地域やシャトーや畑によって格付けが決まることが多いが、ルクス産のワインは、銘柄1本ごとに毎年審査が行なわれる。格付け等級は、上から«Grand Premier Cru »« Premier Cru »«Vin classé »«Marque Nationale-Appellation Contrôlée » の4種類。ある年に格付けがついても、翌年には無格付けになることも少なくない。各生産者のたゆまぬ努力が重要であり、それが品質を維持している。
現地で歴史があるワイナリーの一つにドメーヌ・マティス・バスティアン(Domaine Mathis Bastian)がある。ブドウ畑はRemichというルクスに流れるモーゼル川の南部に位置する。主のアヌーク・バスティアン(Anouk Bastian)さんは、弁護士経歴を持つ異色のワイン醸造家。学生時代はフランスのストラスブールで法律を学び、数年間、弁護士として活躍。ランスで葡萄酒学を学んだ後に父の営なむワイナリーに入り、今では父に代わってワイン造りを取り仕切る。彼女は自らの仕事についてこう語る。「ワイン造りは自らが能動的に探求する姿勢が大切です。絶えず学び、経験を積み重ね、ルクスだけでなく他国のワイン業界の動向に耳を傾ける必要があります。そういう意味で、他国の同業者と情報交換するに当たり、ルクスは地理的に非常に恵まれています。私たち、ワイン業界で働く者は、進歩することに対し、寛容で臨機応変でなければならないのです。」ワインはこだわりの産物だと思い込んでいたので、他のワイナリーの動向など気にしないイメージがあったが、アヌークさんのこのコメントは意外だった。
彼女の醸造するワインは、現地でも美味しいと評判だ。その生産量の50%以上はレストランに仕出ししていることから分かるように、食事にも良く合う。どのブドウで作るワインも甲乙つけがたいが、特に、ピノ・グリの洗練度合いは他のルクスのワイナリーと比べても別格だ。水晶のような透き通った美しい色、口に含んだ瞬間に感じる新鮮で美しい酸味とブドウ本来が持つほのかな果実味。アヌークさんは自分のワインを「Straightforward,Elegant and pure, with a lot of finesse」と表現する。彼女のワインは、ルクスワインの真骨頂だ。
ルクスの西にあるSteinfortなどにワイン販売店を数店舗を構えるラ・カーブ・デ・ソムリエ(La Cave des Sommeliers)が、今年、開店20周年を記念し東京に出店する予定だ。ワイン業界で世界的に最も権威ある「Master of Wine」の資格を持ち、2013年に東京で開催された第14回世界優秀ソムリエコンクールで3位に入賞したベルギー人のアリスティド・スピーズさん(Aristide Spies)他、同社を経営する著名なソムリエが厳選したワインを取り扱う予定だ。ルクスでしか買えない貴重なワインが、東京でも手軽に買える店が出来ると思うと今から楽しみだ。
松山宏昭