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るくせんぶるく ルクセンブルク
~金融立国ルクスの原動力~

 ルクスは1960年後半を起点にし現在もなおグローバルな金融センターとして君臨し続けています。その原動力は、外資系金融機関を惹きつける魅力的な各種金融政策によるのですが、ルクスで働いているともっと根源的な何かによるのではないかと強く感じます。「税金が低いから」とか、「誰でも預金口座を開けられてお金が流通し易いから」と言われていますがそんなことはありません。税金は安い方ですが、他の欧州諸国に比べて極端に安いわけでもなく、預金口座の開設も厳格な本人確認の元に行われています。では何が根源にあるのでしょう。それは金融当局であるCSSF(ルクス金融庁、Commission de Surveillance du Secteur Financier)の指導力や徹底した実務重視の姿勢と、銀行を取り巻く民間企業の活躍です。

1.CSSFの対応力

 まず、前者のCSSFの仕振りについて見てみましょう。CSSFは、外資系銀行の国毎に窓口を設け、専任の担当者が木目細かい対応をしてくれます。特に、規制を銀行に対し一律に導入する時には、事前にCSSFの専任担当者がルクスに進出している各国の外資系銀行と十分に対話します。民間銀行が対応に苦慮する場合には、Q&Aを出してCSSFの考え方を正式に公表することもあります。電話や面談などによるアドバイスも親身に行ない、民間活動のデメリットを極力抑え、かつ規制の主旨を曲げることなく施行しようとします。
 
 具体例として、ルクスのお家芸である投資信託の世界での話をしましょう。かつて、公募投信の規制であるUCITS(Undertakings for Collective Investment in Transferable Securities)や私募投信の規制であるAIFMD(Alternative Investment Fund Managers Directive)というEU全域を統一的に規制する投資信託のDirective(指令)が出されました。EUではある特定の法令をEU全体へ導入する時に、EU加盟各国それぞれの歴史的な独自性があるために当該法令を強制適用できない場合に、Directiveという形で指令を出します。これは、EU共通の規制を導入する際に各国に一定の判断権限を与え緩やかな統合を実現する方法です。Directiveは、原則として加盟国内で強制適用されるものではなく、Directiveの主旨や目的を考慮し、所定の期間内にそれぞれの国の個別性に合わせ国内法に反映するというものです。ルクスはこのUCITSやAIFMDというDirectiveが出た後に、民間銀行と実務的な調整を臨機応変に行ない、EU加盟国内で最も早い段階で国内法に反映しました。

 他にも、CSSFが民間銀行の意見によく耳を傾けているという実例は多数あります。例えば、投資信託を立ち上げるためには投資家保護の観点からCSSFの承認が必要ですが、プロである機関投資家向けルクス籍の投資信託については、従来は事前承認なしで立ち上げ可能でした。故に、マーケットの動向に合わせ即座に運用が可能だったため、ルクス籍の投資信託は全世界で人気がありました。しかしながら、数年前にCSSFの事前承認が必要になったため、その機動性がなくなり人気が落ちた時期がありました。困った某欧州の銀行が承認審査の遅さの改善をCSSFに直接打診したところ、CSSF自身がプロセスを見直し、当該投資信託の立ち上げに関わる承認のスピードが速くなったことがあります。

 このように絶えずマーケット動向に目配りし、実務に配慮しながらEUで決まったルールを自国に軟着陸させるCSSFの臨機応変さは、日本や他国の当局も見倣うべきです。これも国家戦略として注力する金融産業の繁栄については他国に劣後したくないという姿勢の表れでしょうが、CSSFは民間銀行との合意形成力が非常に高いのが特徴です。

2.銀行を取り巻く企業の活躍 

 次に、CSSFと銀行のパイプ役を担っている企業の活躍です。ルクスでは金融機関をサポートする業者が数多く存在し、彼らに高いステータスが与えられています。例えば、CSSFは他国の金融当局であれば自らが当該銀行に訪問の上実施する実地監査を、外部監査法人に委託する形をとっています。CSSFは、外部監査法人がチェックの元、担当する民間銀行に対して経営に関わる年次報告(「Long Form Report」)の作成を義務付けています。民間銀行の自己申告によって運営状況をモニタリングしようとしているわけです。その内容は、当該銀行の組織、システム、各種リスク管理、コンプライアンス管理、内部管理体制等から営業活動、報告期間内に発生した経営に影響を及ぼす重要事象、支店や子会社の状況、外部委託管理まで多岐に渡り、何百ページにも及びます。各国の銀行は担当監査法人と協働して、当該レポートを毎年作成しCSSFに提出します。また、CSSFは個別に各銀行の外部監査法人に当該銀行の活動や業務に関わることを照会し、能動的な管理もしています。最近は世間の動向を踏まえ、CSSFの訪問による実地監査が増えているようですが、そもそも金融当局が業務を民間企業に委託していること自体が珍しいです。ルクスにおける4大会計事務所(Big4)の金融セクター内での活動範囲は非常に広く、このような当局からの委託業務から、投資信託のファンド監査業務や、各種金融規制や経営に関わるコンサルタントまで、様々なサービスを提供しています。数千人規模の社員を抱えて営業している会計事務所もあり、ルクスの銀行業界においてなくてはならないものとなっています。
 また、 CSSFは金融機関をサポートする企業に対しThe Professionals of the Financial Sector (以下 PFS) というステータスを与え、彼らの営業活動を支援および監督しています。PFSには、Investment Firms(運用会社)、運用会社以外で金融サービスを提供するカストディアンや名義書換管理人などのSpecialised PFS (専門性の高いPFS)、金融機関を補佐するシステム業者や顧客照会サービス提供業者などのSupport PFS(サポートPFS)の3種類があります。2014年末には314社がCSSFからその資格を与えられており、その数は実にルクスに進出している銀行の倍以上です。PFSは、異なる金融活動の専門性やノウハウを相互活用することや、ルクスやEUの金融市場に次々と生まれる新しい需要に応えるために、ルクスの金融市場に柔軟性と許容力を与えることを目的としていて、ルクスの金融セクターの発展を支援するという役割を担っています。

3.金融産業におけるルクスのネームバリュー

 このように、ルクスの金融産業では官民が密接に連携し合い、それぞれが自分の領域の責任を果たすと共に、お互いの得意分野について領域を超えた支援体制を確立しています。これも小国故導線が短く、官民双方に連帯感があり金融立国という国家戦略を維持し続けるための共通合意が形成されているということでしょう。そういう中で、当局であるCSSFは臨機応変に金融産業を主導し、金融に関わる民間企業に対して、高いステータスを与えるなど様々な工夫を重ね金融産業を盛り立てています。以上のような根源的な要素があって、ルクスの金融立国としての確固たる地位が確立されたのだと思います。ルクス以外の欧州の国々を旅すると分かりますが、「どこから来たのか?」と聞かれた時に、「ルクスから来た」と答えると、必ずと言っていい程「あなたは銀行員か?」と言われるほど、欧州全域におけるルクスの金融産業のネームバリューは高いものとなっています。