料理界のオリンピックと言われる「Bocuse d’or(ボキューズ・ドール)」。フランス随一のグルメの街リヨンで2年に1回開催される国際料理のコンクールで、料理を極めようとする世界の料理人が競い合う。ルクセンブルクにこの名誉あるコンクールで金賞を受賞した女性がいる。レア・リンスターさん。レアさんは 1989年にこの大賞を女性で初めて受賞。その時、受賞した羊肉料理の「Saddle of Lamb Bocuse D’Or」は彼女の名前を冠したレストラン「 Léa Linster」で定番メニューとなっている。すりおろしてパリパリに揚げたジャガイモの衣で、羊肉の極上部位であるくら肉を包み込んだ料理だ。ルクスの郷土料理であるジャガイモの焼きガレット(Gromperekichelcher)へのオマージュも感じる一品だ。レアさんはこの料理に対する思い入れをこう語る。「約30年前に私が自分流のこの羊肉料理を作り上げ、この料理のおかげで現在の自分があります」レアさんの料理は素材を活かした新鮮なものが多い。見た目は豪華だが食べるとあっさりしている。主食以外でも、料理の合間に供されるマドレーヌがこれまた絶品で、外はカリッと中はしっとり、ルクス産のバターをふんだんに使いとても美味しい。ルクス市内の大公宮近くのLéa Linster Delicatessenというマドレーヌ専門店で買えるので、是非味わっていただきたい。
レアさんのレストランは、ルクス中央駅から車を南に20分ぐらい走らせた片田舎のフリサンジュ村の県道沿いにある。外から見ると普通の民家と変わらない質素な出で立ちをしている。車で訪れると初めての人は注意しないと前を通り過ぎてしまうかもしれない。正面の入り口から入ると、がらっと様相が変わり、白を基調にしたエレガントな店内の様子が目に飛び込む。店の奥には巨大な窓があり、色鮮やかな黄緑色の広大な芝生が臨める。まるでルクスの田舎ののどかな風景画を見ているような錯覚に陥る。ティーグラウンドから見たゴルフのフェアウェイを彷彿する人も多いかもしれない。
ルクス内にこのLéa Linsterのような星付きレストランは数多くある。面積あたりの星の数は世界一だ。裕福な国に高級レストランが集まるのは感覚的には分かるが、なぜ「星付き」が多いのだろう。地元のレストランのオーナーから、その理由を解明する有力な説を教えてもらった。なまなましい話だが、ミシュランの星をとるにはお金がかかると言われている。裏金の意味ではない。ミシュランは、味や接客態度だけでなく店の雰囲気も重視している。よって、内装や食器などに多額のお金が必要というのがレストラン業界の通説なのだ。ルクスには外食産業に大金を落とす裕福な顧客層がいる。そのおかげで、メニューの値段が近隣国より多少高くても、レストラン経営が成り立つのだ。収益率が高いゆえに雰囲気にもお金をかけられるから、星付きレストランが多い、というわけである。しかも、ひとたび星が付けば集客力が格段にあがり、簡単に元がとれるらしい。
逆に、星が減るとそれはもう大変な事態になる。それが原因のシェフの自殺話さえある。10数年前のベルナール・ロワゾーさんや、最近ではブノワ・ヴィオリエさんといったフランスの三ツ星レストランのトップシェフが星の維持に対する精神的な苦痛で自ら命を絶つという事件があった。実際問題、トップシェフの職はかなり過酷らしい。スローライフという言葉の似つかわしいヨーロッパでさえ、レストランのトップシェフは早朝から夜中まで毎日のように厨房に立ち自分のレストランを切り盛りする。ミシュランの星を獲得、維持するために、並々ならぬ労力と資金をつぎ込み休みなく働く。それにも関わらず、星の数が減ったり無くなることも珍しくなく、かかる状況になった場合の精神的なダメージは容易に想像がつく。そういった苦痛を避けるため、ミシュランの星を辞退するシェフもまれにいるというのも良く分かる。
このような厳しいレストラン業界で、料理やサービスの質だけでなく世間の評判を保ち続けることは並大抵なことではない。ヨーロッパ人にはあたり前となっている数週間、時には一か月近くにもなる夏や冬のバカンスをレアさんはとらない。「トップシェフであり続けるためには才能の他にハードワーク、情熱が不可欠です」と、数年前にLéa Linsterで食事をしたときにレアさんが教えてくれた。また、ルクスの独特な商売事情について、「小国ルクスは自国のものを自力で売り込む術を持っておらず、その成功の鍵はいつも外国人が握っています。私の場合も、ドイツの若手テレビディレクターが私の料理番組を企画してくれたことで、ルクスの数百倍以上も人口が多いドイツ、オーストラリア、スイスの方々に顔を知られ有名になり商売がうまくいくようになったんです」と笑顔で語ってくれた。Léa Linsterが料理業界で確固たる地位を築いているのは、明るく社交的な人格者であるレアさんだからこそできたのだと思うが、外国のメディアで人気者になったのは他国の言語を流暢に話せたことも大きいはずだ。ルクセンブルク語だけでなく、ドイツ語、フランス語、英語の4ヶ国語を自由に操ることを所与のものとして、自分たちの特技を他国に売り込むルクス人の有能さにはいつも感服させられる。
食
gastronomy