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「人」コラム ‐ ルクセンブルクの横顔 第27回:藤原尚之さん (Mr. Takayuki Fujiwara) ― 前編

ある国を語る時、歴史や文化、生活風習に加え、その国の人々は欠かせないファクターでしょう。人との交流は、国の印象にも大きく左右しますし、人を知ることで、その国への理解も一層深まります。このコラムは日本とルクセンブルク、双方につながりの深い方々を順次ご紹介していきます。
今回ご登場いただくのは、交換留学生としてルクセンブルク大学で1年間学び、帰国したばかりの藤原尚之さん。ルクセンブルク大学でのキャンパスライフを中心に色々とお話を伺いました。

事務局(以下、Q): こんにちは、お時間をとってくださってありがとうございます。今日は宜しくお願いします。
藤原(以下、F):こんにちは。初めまして。こちらこそ、宜しくお願いします。
Q:まずは、自己紹介をお願いします。
F:藤原尚之です。上智大学外国語学部英語学科の4年生で、1年間、交換留学生としてルクセンブルク大学に在学し、9月に帰国しました。
Q:ルクセンブルク大学を留学先に選んだ理由は何ですか?上智大学はルクセンブルクと深い繋がりがありますけれど。
F:社会言語学に興味がありまして、マネジメントも学びたいと思っていました。大学の第二外国語でフランス語を専攻していましたし。上智大学の協定校のリストには何十校も記載されているのですが、社会言語学、マネジメント、フランス語、この3つを同時に学べるのが、ルクセンブルク大学で、もうここに行くしかない、と。
Q:ピンポイントで?
F:はい、まさに(笑)。申請書には第一希望、ルクセンブルク大学。それだけ書きました。普通は第三希望くらい列挙するようですが。
Q:そうですか!留学先を決める前にルクセンブルクとの繋がりは何かありましたか?知り合いがいた、とか、旅行した、とか。
F:いえ、まったく。世界史で学んだくらいで、まさか自分が行くことになるとは思っていませんでした。留学が決まってから、色々調べました。ルクセンブルクに行く前に、知識や人脈を広げて、準備期間の内にできることはすべてやっておこうと思って、ルクセンブルク貿易投資事務所にメールでお願いして、2017年の4月から8月までインターンとして働かせてもらったりもしました。
Q:わ、ものすごい行動力!
F:ただ、後から、もしかしたら縁があったのかな、と思うことがありました。
Q:縁?
F:はい、母と姉がルクセンブルクを訪ねてきてくれた時に、北の端のクレルヴォー城に案内しました。「ファミリー・オブ・マン(The Family of Man)」の常設展を見せたかったので。
Q:ああ、エドワード・スタイケンの。彼はルクセンブルク生まれでしたね。
F:はい。そうしたら、母が「あれ?この写真・・・写真集持っているわ」と言いまして。僕も姉も初耳だったのですが、昔、父が母に初めて貸した本が「ファミリー・オブ・マン」の写真集で、それが交際するきっかけだったと。
Q:すごい!それは、まさしく「縁」ですね。ロマンチックで素敵ですね。留学先を訪れてくれるくらいですから、ご家族は藤原さんの留学について好意的だったのですね。
F:そうですね。姉は、僕の6学年上なのですが、やはり上智大の在学中にフィンランドに交換留学していたことがあり、両親は子供が外国に行くことに抵抗はなかったですね。ただ、経済的な援助はできないので自分で賄いなさい、と釘をさされました。ですから上智大学に通いながら、企業で働きました。スキルを身に着けながらお金を稼ぐことができて、とても良かったです。まあ、結果的には給付型の奨学金をいただけたのですけれど。
Q:上智大学からですか?
F:いえ、「トビタテ!留学JAPAN」からです。上智大学の交換留学プログラムは、留学先での単位が認められるというシステムで、金銭的な援助はないです。留学中も上智大に授業料は収めなければなりません。
Q:そうなのですか。さて、実際に留学してみて、どんな印象をもたれましたか?
F:実世界、実業界でバリバリ働いていた方々が教鞭をとっていて、とても刺激的な授業を受けることができました。国自体がITや金融のプロフェッショナルの集まりですから、当然かもしれませんが。社会言語学の面でも、公用語が3つあって、マルチリンガリストの国ですね。ビジネスの世界ではリンガフランカになりつつあることも実感しました。中東からきている人達もフランス語ができますし。一方でルクセンブルクの人たちにとってフランス語は仕方なく使っているというか、パッシブな感じがしました。英語に対してはポジティブな反応があるのですが…。どの言語を使用するかという選択が悩みの種だったりすることも知りましたね。
Q:面白いですね。まさしく現地で過ごしたからこその印象ですね。ルクセンブルク語は?
F:もちろん、彼らの第一言語ですよね。やっぱり、ルクセンブルク語ができないと、ルクセンブルクのコミュニティには本当の意味では入れないのはないでしょうか。ルクセンブルク語で少し挨拶するとか、話す意欲を見せると評価されます。
Q:まずは、モイエン(moien)、こんにちは、ですか?
F:そうです。あと、ルクセンブルクに行って、とても良かったと思うことは、社会人との距離がとても近いことです。駐在されている方々はもちろん、色々な方と交流したり、アドバイスをいただいたりしました。日本では学生が社会人の方と親しく交わる機会がルクセンブルクほど充実していないと思います。
Q:素敵なことですね。藤原さんは地元のコミュニティ紙に「日本から学びにやってきた」と大きく取り上げられたりもして、順風満帆な留学生活を送られたようですが、カルチャーショックや困ったことは全くなかったのですか?
F:カルチャーショックはこれといってなかったのですが、ビザの発給にすごく手間取って、これには参りました。
Q:日本でビザを取るのではないのですか?
F:いえ、日本での申請は仮滞在許可証で、ビザ自体はルクセンブルクで発行してもらわなければならないのです。で、申請をしたのに、まったく音沙汰がなくて。移民局、保健局に電話で何度も問い合わせて。先方曰く、もう書類は送った。ポスト(郵便局)が失くしたのだろうと。
Q:なんと!で、どうしました?
F:そんな馬鹿な、と思ったのですが、周りにきいてみると郵便物が届かないことはよくある事らしくて…。
Q:あらあら・・・。
F:まあ、それで、保健局に書類を再度送付してもらいました。もう、キツメにシツコク、シツコク言って。
Q:シツコクですか?(笑)
F:ええ(笑)。強めに言わないとやってもらえないから。
Q:たくましいなぁ。流石です!
F:いや、それほどではないです。
Q:それで、ビザ問題は解決した?
F:はい、書類が今度はちゃんと届いたので(笑)。
Q:話は変わりますが、ルクセンブルクでは寮住まいだったのですか?
F:はい。といっても、大学が借り上げているアパートです。ルクセンブルクは東京並みに家賃が高いのですが、大学が補助してくれているため、民間のアパートだと800ユーロ位する部屋がほぼ半額です。懐具合に応じて、キッチンなどのシェアできるものを選べるシステムになっています。その他にもルクセンブルクには学生の優遇措置が充実していてありがたかったです。
Q:例えば?ルクセンブルク大学は学費が無料ですけれど、その他にもあるのですか?
F:ええ、まず国内の交通費が只です。学生は誰でも登録するだけでフリーパスが入手できます。大学からは「もの」と「機会」を沢山いただきました。
Q:「もの」と「機会」?
F:はい、今着ているルクセンブルク大学のTシャツも、無償でいただいた「もらいもの」です。あと、ちょっとしたワークショップに参加すると必ず食事や飲み物が出てくる。すごく助かりました。
Q:食事、大事ですよね。よくわかります。では、「機会」は?(以下後編に続く)

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テキパキ、きびきびした藤原さん。抜群の行動力で経験をどんどん重ねてご自身の中で消化しているのがお話を伺っていて良くわかりました。次回はルクセンブルク大学でのキャンパスライフを中心にルクセンブルクでの生活を語っていただきます。(文責:事務局)

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