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「原爆の子の像」の物語を知ってますか

4月9日、「文化の夜」の前座で行われた平和のキャラバンに参加してきました。エッシュの聖ヘンリー教会広場から15時過ぎに始まり、中心街を経て、「文化の夜」の会場となるベルヴァル大学地区まで、シンボル像搭載の軽トラック、クラシックバス、ロンドン赤い2階建てバスが続きました。
起点と途中止まった中心街3か所で、仏マルセイユからの芸人2人が5分間の演技を披露した後に、平和のメッセージが仏語で読み上げられました。ネルソンマンデラ元南ア大統領のスピーチから始まり、最後のレジスタンス広場では、千羽鶴とサダコの物語が朗読されました。まさか、ルクセンブルクで、小さな子供が参加したイベントで「原爆の子の像」の物語が紹介されるとは思いませんでした。かって日本で参加した団体旅行中、訪問した広島の平和記念公園にある「原爆の子の像」の前で、ガイドから説明を受けていたので馴染みの物語でした。
ここでは、子供たちによる演技も披露されました。
キャラバンではだれでも無料で参加でき、2台のバスに自由に乗車できました。私は、2階建てバスの2階に乗りながら、エッシュの町を高い位置から眺めていました。
なお、サダコの物語については、次のサイトに
http://www.pcf.city.hiroshima.jp/virtual/VirtualMuseum_j/tour/ireihi/tour_16.html
「2歳の時被爆した佐々木禎子さんは、幸いけがもなく、元気で活発な少女に成長しました。ところが、10年後の小学校6年生の時に突然白血病と診断され、8か月間の闘病生活の後、1955(昭和30)年10月25日に短い生涯を終えました。禎子さんは「鶴を千羽折ると病気が治る」と信じ、薬の包み紙や包装紙などで1,300羽以上の鶴を折り続けました。病気を乗りこえ、懸命に生きようとした「サダコ」の物語は、ヒロシマの悲劇の象徴として、日本だけでなく海外でも広く語り継がれています。 」と記載されています。